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スポーツ医科学情報提供事業

「スポーツと医学」〜医学が支えるスポーツ〜

仙台大学体育学部准教授 村上 憲治(博士:スポーツ医学)
日本体育協会公認アスレティックトレーナー・理学療法士・鍼灸師

 

多くの人々は自らの内的活動(精神活動等)や外的活動(行動等)をすることで心身共に健全な状態でいられる。“スポーツ”は外的活動に含まれ、多くの方々はスポーツ活動を通して心身のリフレッシュ、さらに体力向上を目的として活動を行っている。

“スポーツ”は心身の健全な状態に保つという大きな目的を有している反面、スポーツ活動を行う際に身体が受ける力学的ストレスは日常生活で受ける力学的ストレスよりも大きなストレスを受けている。特にレクリエーションや趣味で行うスポーツ活動とは違い、競争などを目的とした競技活動で受けるストレスは身体にさらに大きなストレスを与えている。そして身体が受ける力学的ストレスはスポーツ活動の内容によりさまざまであり各スポーツ活動を行うことは身体の特定の部位に力学的ストレスを与えることと考えられています。そのストレスが身体構造あるいは機能に影響をおよぼし、その結果生じる傷害をスポーツ傷害といいます。

スポーツ傷害は、野球においては投球肩障害1)2)、投球肘障害2)3)などがあり、サッカーにおいては足関節捻挫4)5)、鼠径部痛6)7)8)9)10)11) などがあります。さらに、陸上競技においてはランニング障害といわれる疲労骨折12)・筋腱障害12)・シンスプリント13)などがあります。また、バレーボールにおいては膝蓋腱炎等のジャンパー膝、テニスでは上腕骨外側上顆炎などのテニス肘、バスケットボールにおいては足関節捻挫・膝関節靱帯損傷などスポーツ活動特有の傷害があります。これらのスポーツ傷害は、本来スポーツ活動が有する心身に対する有用な効果を阻害することとなり、安全で健全なスポーツ活動の実施が困難となります。

“医学”がスポーツに関わる場合、それらの傷害に対する治療および競技復帰のためのリハビリテーションが大きな役割を果たしています。一般の“医学”領域とは違い、最終的に身体ストレスが多くかかる“スポーツ”に復帰するための治療およびリハビリテーションが必要とされるため、特別な領域としての「スポーツ医学」という領域が確立されています。この「スポーツ医学」は一般的に骨や筋肉、靱帯の傷害などの治療やリハビリテーションなどの整形外科領域がメインであり治療には特殊な方法が用いられることが多々あります。しかし身体にかかるストレスは様々であり疲労や暑熱順応・高所順応で生じる身体内部での問題(血液・ホルモン・神経等)や、さらにはストレスに打ち勝ち身体を良い状態に保つための栄養領域、また精神・心理の領域、歯科領域、女性アスリートであれば婦人科領域など一般の“医学”領域と同じように幅広い領域があり競技復帰に際してはそれぞれの領域を総合した医学的アプローチに身体強化・動作改善を目的とした科学的アプローチが必要となってきます。そのため最近では「スポーツ医学」という言葉ではなく「スポーツ医科学」が重視されその言葉が定着してきている。

さらに、「スポーツ医科学」的アプローチだけではなく、それぞれに関わる人々にもスポットが当たるようになってきています。最近ではサッカーのブラジルワールドカップ壮行試合で得点を決めた内田選手の行動(図1)とコメントから競技復帰を支えてくれた医科学スタッフへの感謝の言葉が述べられているのは記憶に新しいです。また少し前になりますが同じようにサッカーの世界で活躍していたロナウド選手(ブラジル)もケガからの復帰を支えてくれた医科学スタッフへの感謝の言葉が述べられています。

 

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図1.内田選手(インターネットサイトより)  図2.ロナウド選手コメント(日本理学療法士協会ニュースより、2002)

 

このように医学の発展に伴う「スポーツ医科学」の発展が競技復帰へのアプローチに大きな役割を果たし、さらにそれに影なる存在として関わっている医科学スタッフの存在がクローズアップされることは同業者としてたいへん喜ばしいことです。

また最近では、傷害を生じてからの治療やリハビリテーションへの貢献だけではなく、傷害を生じさせないために積極的におこなうスポーツ傷害予防プログラムの確立にも重点がおかれている。そのプログラム確立のために「スポーツ医学」は大きく貢献しており、“医学”的見地からそれぞれの傷害がどのように発症しているか検証がおこなわれ、さらに“科学”的見地からも身体各部位にどのような力学ストレスがかかっているかの検証もおこなわれ(図3、図4)、それぞれの検証の結果を融合してスポーツ傷害予防プログラムの確立がおこなわれていることからも“医学”が“スポーツ”を支えていることが明確である。

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図3. サッカーキック動作の力学解析(筆者研究より)

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図4. スポーツ傷害画像所見と応力解析結果の一致(筆者研究より)

 

サッカーでは下肢の傷害予防プログラムとして国際サッカー連盟(FIFA)の主導で“FIFA 11 +”というプログラム(図5)を世界的に展開し実施後の効果の検証もおこなわれている14)。また国内では国立スポーツ科学センターと関連学会とが協力し、前十字靱帯損傷を予防するプログラムを中心に競技別の傷害予防プログラムを普及させている。

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図5. FIFA 11 +(日本サッカー協会HPより)

 

さらに、各競技団体および関連学会、関連職種が協力して医療機関だけではなくスポーツ現場でメディカルチェック等を行い傷害の予防に向けて早期発見、さらにはそこからの早期治療へのアプローチもおこなわれている。代表的なものとしてスポーツ現場に医師が出向き診断用超音波機器を用い小学生を対象とした野球肘健診などは全国的に展開されており早期発見に効果が示されている。

また、日々のコンディションを維持するために医療行為としてのマッサージ・鍼灸療法を積極的に取り入れスポーツ活動をおこなっている方々も多い。

さらに、「スポーツ」は健常者だけのものではなく、パラリンピックでもあるように障害を有している方々のスポーツ(障害者スポーツ)では、さらに医学的サポートが必要不可欠なります。4 年に一度開催されるオリンピックでも期間をずらしパラリンピックが開催されるなど、誰がやるかではない「スポーツ」イベントが開催されています。2020年には東京でオリンピック/パラリンピックが開催されすでにそれぞれの大会に向けて選手強化がおこなわれはじめ、その影には必ず「スポーツ医科学」が関わっていることからも“医学”“医科学”が“スポーツ”を支えています。

このように日常生活をさらに越えた身体的負荷を有する“スポーツ”ではその活動によって生じる傷害を治療し、さらにリハビリテーションを行い、また日々のコンディショニング維持も含めた予防もすべて「スポーツ医学」「スポーツ医科学」が関わっていることを簡単に説明させていただきました。しかし、これら様々なアプローチは主にアスリートに対してのもののように思われがちですが、これらはすべての“スポーツ”を愛するすべて方々にも同じように有効であり、規模の違いはありますが同様なサポートを受ける事も可能です。アスリートだけではなく、多くのスポーツ愛好者の皆様にも大好きな「スポーツ」を永く続けられるように「スポーツ医科学」を有効に使っていただきたいと思います。

 

引用文献

1) 岩堀裕介ほか。:投球障害とその予防・治療、痛みと臨床、7(4)、364-383、2007。

2) 藤井康成ほか。:高校野球選手に対するメディカルチェックの検討-障害に対すアンケート調査の結果から-、整形外科と災害外科、52(4)、712-719、2003。

3) 村上成道。:野球肘の病態と整形外科的治療、理学療法、25(1)、163-167、2008。

4) 池田浩ほか:若年サッカー選手の外傷・傷害、東日本整形災害外科学会誌、11、28-21、1999。

5) 松岡素弘ほか:整形外科的メディカルチェックの結果と傷害との関係-高校サッカー選手を対象とした検討-、臨床スポーツ医学、22(10)、1269-1275、2005、。

6) Orchard J W。et al。:Groin pain associated with ultrasound finding of inguinal canal posterior wall deficiency in Australian Rules footballers、Br J Sports Med、32、134-139、1998。

7) Vincent M。et al。:Groin Injuries in Athletes、Am Farm Phhysician、64、1405-1414、2001。

8) 仁賀定雄。:スポーツ選手の鼠径部痛の病態と最新の治療、整形外科と災害外科、46(10)、1211-1221、2003。

9) Cetin C。et al。:Chronic groin pain in an amateur soccer player、Br J Sports Med、38、223-224、2004。

10)Hölmich P。et al。:Clinical examination of athletes with groin pain:an intraobserver and interobserver reliability study、Br J Sports Med、38(4)、446–451、2004。

11)原田俊彦。:種目別スポーツ傷害 サッカー、関節外科、25(10)、53-60、2006。

12)鳥居俊。:ランニング障害とその対策、痛みと臨床、7(4)、384-389、2007。

13)岡戸敦男ほか。:シンスプリントの理学療法学、理学療法、25(1)、279-284、2008。

14)Anna M C van Beijsterveldt。et al:Effectiveness of an injury prevention programme for adult male amateur soccer players:a cluster-randomised controlled trial、Br J Sports Med 46、1114–1118、2012。